今日は12月25日(月)です。今日から「美輪明宏」の名言です。

今日は12月25日(月)です。今日から「美輪明宏」の名言です。

まずは「美輪明宏」について

○長崎で原爆を経験

美輪さんは1935年に長崎県で生まれます。5人兄弟の次男で実家はカフェを営んでいました。しかし第二次世界大戦が始まり、アメリカなどと敵対関係にあったため、欧米の文化でもあるカフェを閉店し金融業に職を変えました。

そして1945年8月9日、この日は日本にとって忘れられない日となります。原爆が長崎県に投下されました。この時美輪さんは10歳、投下時は爆心地から離れた自宅にいて無事でした。

この原爆により美輪さんの生活は一変します。父親の取引先が被害にあい、お金が返してもらえない状況になったため、一家は貧乏な生活を余儀なくされます。

○17歳で歌手としてデビュー

そんな環境も経て15歳になった美輪さんはオペラ歌手を目指して上京、国立音楽高等学校に入学します。しかし間もなくして父親の事業が倒産し、高校も中退することとなります。

その後は新宿駅でホームレスになるなど、波乱万丈な10代を過ごします。そんな中、17歳の時に美少年募集の張り紙広告をきっかけにシャンソン歌手デビューを果たします。

そして三島由紀夫や遠藤周作などの著名人たちから支持を集め、また1957年にはフランスのシャンソン曲である「メケ・メケ」をカバーし人気を博します。

○様々なジャンルで活躍

そして1964年には自身で作詞、作曲した「ヨイトマケの唄」をステージで発表します。この曲は友人の亡き母を回顧する唄であり、1966年にレーコード化されヒット曲となりました。

翌年には寺山修司さんの旗揚げ公演に参加し、彼が美輪さんのために書き下ろした舞台に主演します。その後も映画やテレビ、ラジオ、作家など活動の場を多方面に広げていきます。

声優としても唯一無二の存在感を示していた美輪さんは、1997年に公開された「もののけ姫」の山犬モロの声を務め、東京スポーツ映画大賞助演男優賞を受賞します。

○最年長でNHK紅白初出場

2012年には初出場歌手としては最年長になる77歳でNHK紅白歌合戦に出場し、自身のヒット曲「ヨイトマケの唄」を披露しました。また3年後80歳の時にも出場し紅白の歴代最年長記録を更新しました。

2018年には東京都名誉都民に顕彰され現在も様々な分野で精力的な活動を続けられています。

◎なぜ花は優しいのでしょう。見る人を慰めて、何も見返りを求めない。ただひたすら献身的だから、花は美しいのです。