夏季大祭 8月7日(月) 無事斎了いたしました。

茅の輪くぐりを終え、みんなで線香花火を楽しみました。(令和5年夏祭り)
茅の輪くぐりを終え、みんなで線香花火を楽しみました。(令和5年夏祭り)

  当社では毎年8月7日に夏祭りがおこなわれ、大祓式と茅の輪くぐりの神事が執行されます。一年間の罪やケガレを祓い、無病息災と一家の健康とを祈るお祭りです。

  大祓は、我々日本人の伝統的な考え方に基づくもので、常に清らかな気持ちで日々の生活にいそしむよう、自らの心身の穢れや災厄の原因となる諸々の罪・過ちを祓い清めることを目的としています。

 この行事は、記紀神話に見られる伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の禊祓(みそぎはらひ)を起源とし、宮中においても、古くから大祓がおこなわれてきました。中世以降、各神社で年中行事の一つとして普及し、現在では多くの神社の恒例式となっています。

 神前で大祓詞を唱え、人形ひとがた(人の形に切った白紙)を用いて、身についた1年間の穢れを祓い、無病息災を祈るため、茅の輪ちのわを鳥居に立てて、三回くぐります。 私たちにとって、その年々の節目におこなわれる大祓は、罪や穢れを祓うとともに、自らを振り返るための機会としても、必要なことではないでしょうか。 

 鳥居に設置した大きな茅の輪をくぐり、人形(ひとがた)にご自身の罪・ケガレをうつして、ますますお健やかにお過ごし下さい。

 また、茅の輪は神事としてくぐりますので、例年午後7時半頃からくぐることになります。ご承知おきください。

   

☆神歌三首(この和歌を唱えながら茅の輪をくぐります)        思ふ事皆つきねとて麻の葉を きりにきりても祓ひつるかな        

                                            水無月の夏越の祓する人は 千年の命のぶと云ふなり        

                                                                                             宮川の清き流れに禊せば 祈れる事の叶はぬはなし

 

☆「人形」(ひとがた)の記入方法

 

 ①「人形」に氏名・年齢をご記入ください。(ご家族が多い場合は一枚に複数人記入していただいても結構です)

 

 ②「車形」はナンバー・運転者をご記入ください。

 

 ③「ペット形」にペットの名前・年齢をご記入ください。

 

 ④「人形」に願いごとを込めてください 

 

 87日午後6時半までに初穂料2,000(一世帯分)を添えてお納めください。それ以降にお持ちの際は、15日午後5時までに

お願いいたします。

 

 ⑥おさがりとして「ちまき御守」をお渡しいたします。        

 

 当社では人形(ひとがた)を納められた方々に「ちまき」のお守りを授与しています。 玄関にお飾りし、 一年の無病息災をお祈り下さい。

 

 

ちまき御守について

 

玄関先に飾る災厄除けの御守で、茅の輪のおかげで疫病から免れたことが 由来となります。

 

茅の輪(ちのわ)とは

 茅の輪をくぐることにより、罪やケガレを祓い、災いを除けると言われています。起源は、蘇民将来(そみんしょうらい)が素戔嗚尊(すさのおのみこと)から頂いた茅の輪のおかげで、疫病から免れたという故事に基づいています。 昔から茅(ちがや)は、その旺盛な生命力によって災厄を除ける神秘的な威力をもつと考えられており、薬としても 強壮薬や止血薬等に使われていました。

 

人形(ひとがた)とは

  人形は「形代(かたしろ)」とも呼ばれ、人間の身代りになるものです。古くは縄文時代の土偶や古墳時代の人物埴輪等がこれにあたり、雛人形の原型はこの人形(ひとがた)とされます。私たちの身についた罪ケガレをこの人形に移し、心身を祓い清め、無病息災をご祈願いたします。

 


「ちまき御守」や「茅の輪御守」・・・祇園信仰から脈々と引き継がれる大切なお守りです。

 

 全国にある祇園社(ぎおんしゃ)・天王社(てんのうしゃ)は祇園さん・天王さんと呼ばれ、ご祭神は出雲神話のヤマタノオロチ退治で有名な

スサノオノミコトです。

 祇園社・天王社の総本社は京都の八坂神社といわれています。なぜ八坂神社が祇園社というかといえば、八坂神社はもともと祇園社と呼ばれていたからで、天王社という名の由来は、昔 牛王頭天王(ごずてんのう)をお祀りしていた神社があったことによります。

 八坂神社といえば祇園祭が有名ですが、祇園祭は平安時代中期に始まった御霊会(ごりょうえ)が起源です。当時の人々は、「厄災」を世の中に怒りや恨みをもったまま亡くなった人の御霊のせいでであるとともに、疫病の流行を疫病を司る神様のせいと考えました。牛頭天王はインドのお寺の守護神で、病気をはやらせる神様と考えられていました。そこで、この牛頭天王をお慰めするお祭りを行ったわけです。この御霊会は疫病が頻発した平安京の人々に熱狂をもって迎えられました。御霊会は祇園祭となって発展し、やがて地方に伝わり、山車(だし)や曳きまわしなど形を変えながら各地の祭りとなっていきました。

 一方、牛頭天王はやはりインドの神様である武塔天神(むとうてんじん)とも同体と考えられました。武塔天神については次のような話が伝わっています。

 

 『備後国風土記』より

 武塔天神(武塔神むとうのかみ)が旅をしているときに、裕福なある人に宿を請うたところ断られてしまいます。そこで、その人の弟である蘇民将来(そみんしょうらい)の家で宿泊をお願いすると、貧しいにもかかわらずもてなしてくれました。すると、武塔天神は自分がスサノオであることを明かし、疫病が流行したときには「茅の輪」を腰につけると免れることを教えました。

 

 夏に神社で「茅の輪くぐり」を行うことや、祇園祭で「蘇民将来子孫也」と書かれた護符がついた「ちまき」をいただき、それを厄病除けにするのは、この話に基づいた信仰です。

今年のお祭りのようす(令和5年8月7日午後7時より)

大祓詞奏上

 祝詞奏上に引き続き、参列者と共に大祓詞を奏上いたしました。

茅の輪くぐり

 神歌を唱えながら茅の輪をくぐりました。

 

 

ミニ花火大会

 花火が噴出しはじめると、歓声が上がりました。


合唱組曲 『はじまりのうた~中今を生きる~』のお知らせ

詳しくは、当社ホームページの「『はじまりのうた~中今を生きる~』」をご覧ください。