今日は6月2日(金)です。今日から「澤穂希」の名言です。

今日は6月2日(金)です。今日から「澤穂希」の名言です。

まずは「澤穂希」について。

○6歳の時にサッカーと出会う

澤さんは1978年に東京都の府中市で生まれます。一つ年上にお兄さんがいて、小さい時はお兄さんと一緒にスポーツや体を動かして遊ぶことが多かったと言います。

サッカーをやる前は水泳が好きだった澤さんは3歳の時から水泳教室に通い水泳に打ち込みます。しかし6歳の時にお兄さんの影響でサッカーを始めると、関心は一気にサッカーの方に移っていきました。小学校一年生の時には地元のサッカークラブに入ります。サッカーを始めてからしばらくして水泳も辞め、サッカーに専念するようになりました。

○15歳で日本代表デビュー

中学生になると女子サッカーの名門クラブである日テレ・ベレーザの下部組織に入団します。そして入団してすぐに監督から才能を見出され、入団から一ヶ月でトップチームに合流します。そして中学校1年生で試合に初出場すると、3試合目には初ゴールも記録しています。

その活躍から1993年、15歳で日本代表に選ばれ、デビューとなるフィリピン戦では4得点の大活躍で鮮烈なデビューを飾りました。

○女子サッカー大国アメリカに移籍

早くからその才能を表していた澤さんですが、その後いくつかの企業が女子サッカー部を背部にするなど、国内女子サッカーリーグが衰退していきます。澤さんはよりサッカーに打ち込める環境を求め、大学を辞めて女子サッカーが盛んな国であるアメリカに行くことを決断します。

アメリカでの生活は4年間ほどで、体格で勝るアメリカ選手に技術で対抗し活躍をみせていましたが、その後アメリカの女子サッカーリーグが休止されることになり、日本に帰国します。

○ワールドカップ優勝とFIFA最優秀選手賞

日本に帰国すると同じベレーザに所属、国内リーグではチームの優勝や自身もMVPを何度も獲得するなど、日本女子サッカーの象徴的存在となっていった澤さん。そして2011年。日本がなでしこフィーバーに包まれた女子ワールドカップで得点王とMVPを獲得、チームも男子含めて日本サッカー史上初の優勝という偉業を達成しました。次の年には男女を通じてアジア人では史上初となるFIFA最優秀選手賞も受賞し、同年に行われたロンドンオリンピックでも女子サッカー初となる銀メダル獲得に大きく貢献しました。そして2015年に37歳で現役引退を決断。現役最後の試合では決勝ゴールを挙げ、選手としての最後を飾りました。

◎夢はいつも好きから始まるんです